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県内で長崎市に次ぐ第2の都市と言われる佐世保市も、江戸時代には、平戸藩に属する戸数800余りのひなびた漁村にすぎませんでした。
明治22年、天然の良港であったことから旧海軍の鎮守府が置かれ、急速に発展しました。第2次大戦中は軍港として栄えます。
現在も米軍や自衛隊の基地が存在し、軍港のイメージは消えませんが、佐世保港外から平戸瀬戸まで25キロの海上には
「九十九島」と呼ばれる大小の島々が浮かび、その景観のすばらしさは、西海国立公園として賞賛されています。
水揚される主な魚介類は、アジ、イワシ、サバ、イカ、ブリなどが中心です。
◆九十九島
「九十九島」の名の由来については古くからこんな伝説があります。
むかしむかし月が明るい夜のこと、たくさんの島々が集まっておしゃべりをしていました。
親分の島が「今夜は町に出て飲もうか」と言うと、他の島々も「よかねー」と賛成をし、島々は楽しそうに佐世保湾へ入ってきました。
久しぶりの酒宴だったので飲んで歌って大騒ぎしました。 島々は夜明け前に外海へ帰らなければ二度と元の場所へ戻れません。
夜明け間近になり島々は次々に外海に帰り始めましたが、一番若い弁天島は酔いつぶれて起きることができません。
仲間たちは仕方なく弁天島を置いて帰ってしまいました。 結局、弁天島は外海に帰ることができず、現在のように佐世保湾内にぽつりと
取り残されてしまったということです。このようなことから弁天島は一里島とも呼ばれるようになり、また百の島から一里島が抜けたことから
九十九島になったとも言われています。 ※実際の島の数は208です
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