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「ふぐの美味しさというものは実に断然たるものだ」
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北大路魯山人
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は古代から「ふぐ」をたいへん好んで食べていました。古代中国に伝わる『魏志倭人傳』は日本古代史に関する
最古の資料ですが、その中の松廬(マツラ)国の項に「松廬国に至る。四千余戸有り。山海に浜(ソ)いて居る。
草木茂盛し、行くに前人を見ず。魚鰒を捕うを好み、水深浅と無く皆沈没して之を取る」と記されているほどです。
「魚鰒」とはふぐのことです。縄文の貝塚からも、ふぐの骨がしばしば発見されているところから、日本人は
ずいぶん古くからふぐを食べていたようです。
記録上もっとも古いふぐ食用禁止令は、豊臣秀吉の出したものですが、江戸時代に入ると、再三にわたって取締りが
行われています。ということは、それだけ庶民の間にも、ふぐ料理が広まってきたということです。
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は一般には「河豚」と書きますが、これは中国から来たものです。中国の揚子江などにはメフグという
種類のふぐがおり、古来、美味な川魚として賞味されてきました。一説には、この魚が豚のように美味しいことから河豚
と書かれるようになったといい、一説には丸々とした姿が豚に似ていたからだといいます。
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という呼び方は、おおむね西日本での呼び名です。一般には「福」に通じる縁起物といわれていますが、
文献に最初に出てくるのは「布久」という表記です。これは「ふくるる」の略されたものと見ることもできます。
また一方ではふぐが釣り上げられて水上に浮かび上がる際の膨れたさまが瓢箪に似ていることから「ふくべ」に
なぞらえたのだという説もあります。こうしたことから、ふぐ本来の呼び名は濁らない方が正当であるかもしれません。
しかし、標準語を制定する際に、海の魚の呼び名については東京の呼び名を、また川の魚については琵琶湖の
呼び名を基準として統一がなされました。当時東京ではふぐと濁る呼び方が一般的であったため、ふぐとして統一され
現在に至ったのだといわれています。ふぐに対する呼称は、江戸時代には
とも呼ばれていました。これからふぐ刺しは「てっさ」、ふぐちりを「てっちり」と呼ばれるようになったともいわれています。
長崎では「ガンバ(棺桶)」、鹿児島県地方では「ジュッテントン(十転倒)」「キタマクラ」という
呼び名もありました。すごいですね。
その他ふぐには柔らかい呼び名もあります。そのひとつが「まる」という呼び方。まるまるとしたふぐに対する愛称、
符牒のようです。
ふぐを食すと身体が温まり、血行がよくなるといわれ、美味しさだけでなく健康増進でも好まれてきました。ふぐは万病に効くと
いわれてきた所以です。それはほんのわずかながらのテトロドトキシンが刺激を与えるためです。
現在テトロドトキシンを調合した医薬品が開発され健康維持や病気回復の一助を担っています。
その美味しさだけでなく、健康をも提供してくれるふぐの現状を私たちはもっと知らなければならないですね。
「ふぐの文化」青木義雄著/成山堂書店 より
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俳句
逢はぬ恋 思切夜や ふぐと汁 蕪村
ふぐと汁 ひとり喰ふに 是非はなし 白雄
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