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これまで「秋サバは嫁に食わすな」ということわざには二通りの解釈があるとされてきた。一つは、可愛い息子を意のままにする憎い嫁に、美味な秋サバを食べさせてなるものか、という姑の嫉妬心がことわざになったとする解釈である。 そして、もう一つはこれとまったく逆な解釈で、腐りやすく、腹痛やジンマシンなどの危険性のあるサバを嫁に食べさせて大事な跡取りを生むことができなくなってはいけないという姑の配慮がことわざとなったというとらえかたである。
このことわざは何時のころにできたものかあたってみると、平安時代から明治初期までのことわざを記録してある著誌七十九編を収録した『俚諺大成』にはみあたらない。
ちなみに、江戸時代七夕祭りの宵に諸大名から将軍家にサバ(刺鯖)の贈答が行われていたことからすると、比較的に脂の乗っていない夏のサバであることから「秋サバ」のことわざは生まれる余地はない。してみると、「秋サバ」の方は明治の中期以後になって、たとえとして用いられたものであると見て取れるのである。
明治以降の家庭のあり方は下級武士のあり方が取り入られ、長男相続のもとに形作られていった東京の文化が基盤にあると考えられ。それを考慮すると、嫁・姑のあり方は、明治以前とその以後とで逆転していると思えるのである。したがって、「秋サバは嫁に食わすな」ということわざの意味には「可愛い息子を意のままにする憎い嫁」という発想をもとにたとえられたものであるとする考えは明治以降のものであると思われる。
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